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なぜ猫は突然腎臓病になるのか
「このキャットフードを食べたら突然腎臓病になった!」
おそらくどのメーカーでも起こりえることだと思います。
結論からいうと、猫の腎臓病は腎臓のネフロンが75%壊れないと症状が現れないとまで言われており、見た目に気付けないために、気付けた時にはかなり進行していることが多いからです。
つまりいつ気付くかがポイントであって、どのキャットフードを食べていたから突然腎臓病になるということではないのです。
もちろん腎臓病の進み具合には個々に差があります。全く同じものを食べていてもとても若い時に発症する子もいますし、長生きする猫もいます。
猫の腎臓病について考える時は感情的にならず、できることを粛々とやるしかありません。
ネフロンとは
猫の腎臓は左右にあり、1個あたり20g程度の小さな臓器です。上記写真の糸球体、ボウマン嚢、尿細管をあわせてネフロンと呼びます。
人間は右左両方で約200万個、犬で約80万個、猫で約40万個と言われ、猫はネフロンの数が少ないことがわかっています。
ネフロンの役割
① 血液から老廃物や余分な水分を取り除く(ろ過)
心臓から送られてきた血液が腎臓の中の糸球体(ネフロンの一部)に流れ込みます。ここで血液中の水分、小さな分子(尿素、クレアチニン、電解質、グルコースなど)が「原尿」としてろ過されます。血球や大きなタンパク質は基本的にここでろ過されず血液中に残ります。
② 必要なものを再吸収する(再吸収)
原尿のままだと体に必要な水分や栄養素まで失われてしまいます。そこで、ネフロンの尿細管という部分で、必要な水・塩分・糖・アミノ酸などを再び血液に戻します。例えば、グルコースはほぼ100%再吸収されます。
③ いらないものを追加して捨てる(分泌・排泄)
逆に、体にとって不要な老廃物や薬物などは尿細管から原尿の中に分泌され、排泄の準備をします。
④ 水分量と電解質のバランスを調整する
体の水分が足りないときは水を多く再吸収し、尿は濃くなります。逆に水分が多いときは水の再吸収を減らし、薄い尿を作ります。ナトリウム・カリウム・カルシウムなどの電解質もここで細かく調節されています。これにより血圧のコントロールにも関わります。
⑤ 尿を最終的に作って膀胱へ送る
最後に残った液体が「尿」となり、集合管から腎盂、尿管、膀胱へ送られて排出されます。
ネフロンが壊れる原因
ネフロンが壊れる原因は様々な要因があります。
慢性腎臓病(CKD):猫で最も多い原因
猫のネフロン障害の最大の原因は慢性腎臓病(慢性腎不全)です。
ネフロンが壊れるから腎臓病になるのでは?と考える方もいるかと思うのですが、相互に関わっています。端的にいうと年齢により自然とネフロンが減り、壊れたネフロンが健全なネフロンに影響を及ぼすという形です。ネフロンが減少することを腎臓病とするのであれば、腎臓病が先か、ネフロン減少が先かという関係です。
加齢性変化
猫は高齢になるとネフロンが自然に減っていきます。10歳を超えるとCKDのリスクが急激に上昇します。これはヒトの加齢によるネフロン減少より早い段階で進行します。
微小な虚血(血流低下)
加齢とともに腎臓の血管が細くなり、血流が減ることでネフロンが徐々に障害されるケースが多いとされています。猫は比較的低血圧傾向の動物なので、慢性的な軽度の虚血が起こりやすい可能性も指摘されています。
線維化
壊れたネフロン周囲に線維化(コラーゲン沈着)が進み、悪循環で残ったネフロンも障害されていきます。
高血圧
高血圧は猫でも腎臓病の進行因子になります。猫の高血圧は二次性高血圧(腎臓病や甲状腺機能亢進症などが原因)が多いです。高血圧は糸球体の内圧を高め、フィルター構造を破壊してネフロンが失われていきます。
甲状腺機能亢進症(Hyperthyroidism)
中高齢猫に多い病気で、代謝が上がり血圧が高くなりやすくなります。この結果、腎臓に負荷がかかりネフロン障害を促進することがあります。
糖尿病
猫でも糖尿病は腎臓に影響します。ただし、猫ではヒトほど「糖尿病性腎症」は一般的ではなく、重度の高血糖が長期続いた場合に進行するケースが多いです。
免疫性疾患(糸球体腎炎など)
猫にも免疫介在性の糸球体障害は存在しますが、犬ほど頻度は高くありません。ただしFIP(猫伝染性腹膜炎)など一部の感染症で腎臓に免疫複合体が沈着しネフロンを壊すことがあります。
腎毒性物質
- 非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)
- 一部の抗菌薬(アミノグリコシド系など)
- エチレングリコール(不凍液誤飲)
- 重金属中毒
これらは猫のネフロンにも強い毒性を持ちます。猫は肝臓の代謝酵素がヒトより限られているため、薬剤性腎障害はより注意が必要です。
感染症
- 細菌性腎盂腎炎
- 猫伝染性腹膜炎(FIP)
- レプトスピラ症(まれ)
などが腎臓障害の原因になります。
先天性・遺伝性疾患
ポリシスティックキドニー(多発性嚢胞腎)
とくにペルシャ系の猫で知られています。嚢胞の進行に伴いネフロンが圧迫され消失していきます。
壊れたネフロンを補う代償機構について
ネフロンが壊れた時、腎臓は長期にわたって補うしくみを持っています。
まず前提として、猫は腎臓病になりやすい動物種です。しかし、その背景には「壊れても長期間代償が効く」という特徴があるため、かなり進行しても症状が出にくいのが問題になります。
残存ネフロンの過剰濾過(ハイパーフィルトレーション)
猫でも、ネフロンの数が減少すると残ったネフロンが仕事量を増やします。例えばネフロンが50%減っても、残ったネフロンが倍の負荷で働くことでGFR(糸球体濾過量)は一定に保たれます。
ただし、猫の糸球体はとても繊細な構造なので、この「頑張り」は長期間続くと逆に害になります。高い濾過圧 → 糸球体内皮障害 → 糸球体硬化(グロメルロスクリローシス)に発展していきます。
尿細管の再吸収能の強化
猫の腎臓は特に尿を濃縮する能力が高い動物です(砂漠起源の動物なので)。ネフロン数が減っても、残った尿細管が水分や電解質の再吸収をより積極的に行い、体液の恒常性を保とうとします。
しかし進行すると以下のような症状が目立つようになります。これが慢性腎臓病の初期サインになります。
- 尿比重低下
- 多飲多尿
- 脱水傾向
RAAS(レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系)の活性化
猫でもネフロン減少に伴いRAASが活性化します。これは血流を保とうとする一種の防御反応ですが、以下の悪循環も招きます。
- 糸球体内圧上昇 → 糸球体硬化促進
- 血圧上昇 → 高血圧腎症リスク
- ナトリウム・水分貯留 → 浮腫や心負担
猫の慢性腎臓病の治療でアンジオテンシン受容体拮抗薬(テルミサルタン)やACE阻害薬(エナラプリル)が使われるのは、このRAAS活性化を抑制し、代償の悪循環を止めるためです。
糸球体肥大
猫の残存糸球体はサイズ自体が大きくなり、濾過能力を上げようとします。これは「適応性肥大」と呼ばれますが、過剰な糸球体肥大は壁の肥厚・硬化を招き、次第に壊れていきます。
ホルモン・代謝の調整
腎機能の低下に伴い、猫は以下のような代償反応を起こします。
バソプレッシン(ADH)分泌増加
→ 尿濃縮能力をできるだけ維持
副甲状腺ホルモン(PTH)増加
→ リン排泄障害を代償するため
→ ただし高リン血症・骨代謝異常(腎性二次性副甲状腺機能亢進症)に発展する
腸からの代償排泄
腎臓の排泄能力が低下すると、一部の老廃物(尿素・クレアチニン・リン酸など)は腸管から排泄される割合が少し上昇します。これは微弱な代償機構ですが、慢性腎臓病の猫に**腸内毒素吸着剤(アゾディル、ラプロス、レンジアスタなど)**を使う治療の理論的背景です。
人・犬との違い | 猫の特徴 |
---|---|
代償期間が長い | 初期は症状が出にくい |
尿濃縮能力が非常に高い | 進行しても尿量変化は目立たない時期がある |
代償終了が急に来る | ステージ3〜4で急激に進行するケースが多い |
甲状腺機能・血圧の影響を強く受ける | 二次的な高血圧腎症が重なりやすい |
猫の代償の崩壊が始まるタイミング
ネフロンは、壊れた仲間を補うためにずっとがんばり続けますが、「残存ネフロンの過剰濾過による疲弊」が限界に達すると、代償が破綻します。
これが「代償の崩壊」です。猫ではこの崩壊が始まるまでかなり静かに進行します。
臨床的には、残っているネフロンの数が全体の25〜30%以下になると、代償が追いつかなくなり崩壊が始まるとされています。
つまり、腎機能の70%以上を失って初めて明らかな異常が検出され始めます。
これが腎臓病が進むまで症状があまり出ない理由です。
参考:Single-nephron adaptations to partial renal ablation in cats(1995)
参考:Feline CKD: Pathophysiology and risk factors–what do we know?(2013)
参考:Early detection of feline chronic kidney disease via 3-hydroxykynurenine and machine learning(2025)
1995年の論文が特に「残存ネフロンの代償がどのように破綻していくか」を最も生理学的に直接示しています。この実験で3/4腎摘出(つまりネフロンが約25%残存)で急激に代償機構が限界を迎えていくことが確認されています。2本目と3本目は、臨床の現場での崩壊の「兆し」を客観的に早期診断する方向の研究です。
猫の腎臓病は突然やってくる
猫の腎臓病が気付いた時には進行しているのはこうした理由によるものです。猫はその生態として受け入れざるを得ないことです。
対策としては少しでもタンパク質(リン制限)を行うのか、頻繁に健康診断を行って細かな違いも見逃さないように注視していくのか、猫の定めと受け止め、自然に暮らすことを優先するのかなど、家族としてのいくつかの選択肢があるかと思いますが、いずれにしても極力猫に負担なく、毎日楽しく幸せに暮らせることを優先し、少しでも多くの思い出を築いていければそれが一番いいのではないかと思います。
栄養学、医療も年々進歩しています。さらなる進歩を待ちましょう。